こっそりと上った屋上は、普段と違う匂いに満ちていた。 フェンスもなければ浄水槽もない。 想像していたよりもずっとずっと危険で空虚だった。 階段に続く扉を閉める。 閉塞感と開放感を、これほどまで同時に味わえる場所はそうないだろう。 視界はどこまでも広がっている。 でも、私はこの場所から一歩たりとも動けない。 そのままの姿勢で、扉に寄りかかったまま、腰を下ろした。 雲は少しずつ流れている。 影が動くたびに、顔に当たる光は強くなる。 それを防ぐでもなく、腕は身体の重みを支えるだけ。 無意識のうちに瞳を閉じていた。 時が経つにつれ、どこか感覚が麻痺し出したように思えて。 指先を床の上で動かしてみる。 ずるずると身体を引きずりながら、最終的には横たわる形になった。 濃い水色の空と向かい合う私。 眩しかった太陽も、今はもう気にならない。 考えてみれば、特に近づいたわけではないのだ。 どんなに手を伸ばしたところで、届くことはない。 いつか夕日が沈んで、こぼれ落ちそうな数の星が見えたとしても。 その次の朝がやってきたとしても。 この世界に生きる「私」である限り。 なのに、この気持ちは何だろう? 青は輝きを増し、私の意思とは無関係に瞳に焼き付いてくる。 まるでまっさらな雪の上に踏み出したように。 ふわふわと白い足跡を残し、空が、世界が走っていく。 私を残して、地球が回る。 大きくてちっぽけな球体から、私が振り落とされる。 焦燥感に背中を押されるように、跳ね起きた。 柔らかい素材の床に、一瞬だけ足が沈む。 立ち上がったところで、何も変わらないはずなのに。 何かが違う。 私が私ではなくなる。 怖いくらいに、胸が高鳴って。 冷たい色彩の溢れる都会は遥か小さく見えた。 真上に突き出した腕、指が、白く光に染まっていく。 瞬間、自分の心が、もっともっと遠くの風に吸い込まれる気がした。 これが自由。 駆け出したくなるのを抑えて、最後にもう一度空を見上げる。 引力に抱かれて宇宙を掴む。 ひとつひとつでは意味をなしえない呼吸が言葉になり、音符がメロディになる時。 ずっと昔に沈んだ月が、真昼の街角に現れた時。 扉を開けて、地上への階段を下りながら。 負けることはないと小さく誓う。 例えば生きる、もしくは生きない、それぞれの権利。 踏み外した道を間違いとするか、歩き続けるか。 「誰かの決めた運命」なんて誰が決めた? 知っていれば、それは選択なんだ。 私は大地を踏みしめて歩き出した。 心地よいノイズが響く、不自由という名の楽園を目指して。 果てしない青空に、雲は流れて消えていた。 彼女の主人公は生きることを選んだけれど、私の主人公は。 最初は死ぬ予定でした。 でも、やっぱり勇気がなかった。 物語の登場人物は、本当に自分を写す鏡だと思う。 |