Mobile Junkie

 私は誰が何と言おうと女子高生で、毎日友達と楽しく遊んで暮らしていたけれど、ひとつだけ危険なことがあった。
 K市内の某S通り商店街に新しい店ができて、そこから白い「なんとか液」というお茶を持った人たちが大量に出てきて、追いかけてくるのだ。
 彼らの特徴はどこかに凶器を隠し持っていることと、携帯がDoCoMoなことだった。


 ある日の夜、私は小学校時代からの親友ろろっけと商店街を歩いていた。ちなみにろろっけは今流行り?のピクミンの化身である。
 何はともあれ交差点にさしかかり、ふたりは足を止める。

 すると若者の集団に囲まれた。
 お茶は持っていないけれど、雰囲気から察するに「奴ら」のようだ……危ない。しかも大半が自転車に乗っている。

「てゆぅかあんたら何なわけ〜にょがにょが」

 某G嬢を彷彿とさせる口調で、私たちは安全策として適当に話を合わせていた。その瞬間!

「♪バスに揺られて〜ジェットに乗って〜それぞれに好きな服を着て〜」

 愛するTERUさんのせくすぃぼいすが、あたりに響き渡った。
 なぜかって?それは私がGLAY PHONEユーザーだからさ!
 私はブレザーのポケットから携帯を取り出し、メールの着信を確認する。

「その通り、ポンジュースは命の水だよ……っと」

 返信を打ち終わって私が顔を上げると、周囲の私を見る視線が明らかに今までと違った。
 ふと気づく。GLAY PHONEは、auの登録商標であります。

 ……バレた!

 同年代の女の子が凍り付くような恐い目で見てくる。

「すぐ機種変するんだよ!家族がDoCoMoだから!」

 あわてて弁解すると、とりあえずその場は無事に通り抜けられたようだ。
 確かに私の父は会社に持たされたDoCoMoを使用している。ちなみに母はTu-Kaだ。
 家族割……しよーよ。

 そして家の近くで、別の「奴ら」なお兄さんに会ってしまう。
 顔を見るなり追いかけられて、逃げ切れず右手首を刺される。
 全身から汗が吹き出るような痛み。涙は何とかこらえて、誰もいない家に帰ってからこっそりと包帯を巻いた。


 そうして何日も危ない商店街をわざわざくぐり抜けるうちに、「奴ら」のメンバーに統一性があることに気づく。
 リーダー格の禿げ上がったおじさんがいつも店の前にいて、かまいたちのような勢いでお茶を差し出してくるけれど、その人は動かなくて、追いかけてくるのは下っ端だということ。
 下っ端はみんな、灰色の服を着ているということ。

「灰色……グレー……GLAY☆」

 なんて幸せにひたっている暇もなく、私たちは毎日のように追いかけられ、逃げることを飽きずに繰り返していた。


 またある日、私は誰かとふたりで幅の広い真っ白な階段を降りていた。
 学校を彷彿とさせるが、あまり人に使われた様子はなく、清潔だ。
 隣を見ると、私と一緒にいたのは高校のクラスメイトで大親友兼保護者のまんぼう姫だった。長身と言われる私よりさらに背が高く、でも可愛いからうらやましい。
 ちなみにまんぼう姫はDoCoMoだけど、いつも私たちの味方をしてくれるので、狙われている。

 本人談「私っていい人じゃん」。

 ともあれ、その階段の踊り場に、1ヶ所だけ「奴ら」がたまっているところがあった。
 中には下から数段めまでくると、真横からすごい勢いで薄くて硬い金属を差し出してくるお兄さんもいた。ギロチンの要領で首が飛ぶのだ。でも、そこまで降りなければ何もされない。

「どうしよう……」
「他の出口、探す?」

 私とまんぼう姫が迷っていると、階上から数人の男女が超ダッシュで駆け下りてきた。「奴ら」に追いかけられているらしい。
 押されて私たちも下に降りていく。

 ギロチンのお兄さんは混乱していたみたいで攻撃してこなかったけれど、他のお兄さんに脚をつかまれた。
 鋭い爪が食い込んで血が吹き出す。深紅が辺りに飛び散り、床を濡らす。まるでスプラッタ映画のワンシーンだ。

(でも……まだ負けない……)

 私はガマンしてしばらく歩いたけれど、ふいに糸が切れたように限界を感じた。
 まんぼう姫を階下に突き飛ばして、倒れる。
 泣きそうな彼女の顔が、ふと目に入った。
 お願いだから……逃げて!
 伝わったかどうかは、わからなかった。


 翌朝、脚にはまだしびれるような痛みがあるけれど、傷は完治していた。誰かが家に運んでくれたらしい。
 ちなみに家は古いマンションの3階である。ダイエットしておけばよかったかにゃあ。

 その日は、みんなと待ち合わせをしていた。いつものように(ぇ)少し遅れて、私も足を運んだ。
 西部劇に出てきそうな喫茶店の大きく開いたドアから、みんなが見える。その地域はわりと安全なので、緊張することもなくゆっくり走っていく。
 すると、入口のほんの少し手前で、嫌な感じの老人に話しかけられた。
 一見、中国系。カンフー着よりいくらか動きにくそうな茶系のチャイナを身につけている。
 そして口調もやっぱりどことなく気色が悪かった。

「マイコちゃんの番号教えて」

 ……マイコちゃんって誰よ?
 麻衣子?舞妓?少なくとも私の友人には、そんな芸達者な奴は居ない。

 老人が近寄ってきたので、私はじりじりと退がるしかなかった。店から少しずつ離れていくけど、みんなはまだ気づいていない。
 とりあえず曖昧に微笑んでその場を逃れようとすると、逆ギレした。

 駆け出しつつ振り返ると、老人はかなり大振りのナイフを持っているようだ。短剣にも見える。
 アラビアの王族を思わせる装飾が、日の光を反射する。
 私は悲鳴をあげようとしたけれど、恐怖で声がかすれてしまった。
 小柄な老人は動きが素早い。砂地を滑るように追いかけてくる。
 必死だった。
 なんとか一度声らしい声をあげたものの、瞬間腰を深く刺される。

 直後、私は意識を失う。店の中からみんなが駆け寄ってくるのが、かろうじてわかった……


 気がつくとあたりは夜で、私たちは母の仕事部屋にいた。母は塾を経営していて、「幻想」をテーマにファンタジックな家具などが置かれている。銀色の床がひんやりと心地良い。
 見回すと、みんな心配そうに私を囲んでいた。
 ふと視線を上げると、えむしがいちばん前にいて、ほっとしたように笑った。
 えむしは何だか私のスイートハニーということになっていて、女みたいな黒髪が微妙な長さに保たれていた。切るのがめんどいらしい。
 部屋のすみっこでは、一緒にT-RPGのサークルをしているいとぅーさんがちょっとアンニュイに笑っていた。

 自分の身体に目をやると、まず腰に厚く包帯が巻かれている。痛み止めが効いているのか、そこまで痛くない。
 次に左手首。包帯で隠しきれなかった傷跡が見えていて、じんじん痛くなってくる。
 最後に右手首。以前刺された傷の上からさらに刺されていた。広がる赤いイメージ。ものすごく痛い。

「み……みぎょーーーー」

 思わず子供のように泣き出した私を、ろろっけがなだめてくれた。

「しょーがないなぁ……ほら、汚れてるから着替えて」

 そう言って他の人を部屋の外に出す。私は錆色で染まった制服を脱いだ。
 ボタンを外す時に、固まった血が落ちてきて、気持ち悪かった。

 結局、その部屋には当然なら着るものはなくて、超特大サービスサイズのバスタオルを出して服の代わりにした。
 とりあえずみんなを呼びに行くと、狭いマンションにしてはごっつい広い読書スペースがあって、10人以上の人たちが何かしら読んでいる。
 さすがにこの季節、1枚しか着ないで部屋の外にいるのは寒いので、部屋に入ってもらった。そう言えば室内は逆に暖房効きまくりで、全然寒くない。

 全員集まったはいいものの、沈黙があたりを支配したままだ。私は秘密の小部屋に潜り込んだ。明るいBGMをかけようとCD箱をあさる。
 が、しかし!
 こんな時に限って超ハードロックとバラードしか見あたらない。仕方なくみんなのいる部屋に戻って、静かな会話に参加した。

「ここらへんももう危ないよね」

 誰からともなくため息。
 私はなんとなく、えむしとふたりで話していた。周囲の風もあいまって、すっかりダークな雰囲気になる。

「もうダメ……だと思う?」

 おっと、泣きそうだ。


 翌日、ずっとどこかに出掛けていた母が帰ってきて、一緒に私の母校S中学校へ行った。妹の進路関係のお礼らしい。
 帰り道は、真っ暗な商店街を自転車で走った。家を空けていた母は「奴ら」のことを知らない。
 例によってリーダー格のおじさんが差し出すトレイを振り切る。驚く母の自転車のハンドルを掴んで、全力で横に引っ張った。
 こぼれる白い液体が、地面に降って一瞬で蒸発した。

 今日は運良くそこまで追われなかった。必死でペダルをこいでN橋まで来ると、あたりに人はいなくなる。
 私はいちばん治りの遅い右手首の傷を母に見せた。
 母は神妙な顔つきで何やら考え込んでいた。その日は無事に帰宅できた。


 さらに翌日、えむしとふたりでM小学校の近くに遊びに行った。S中と同じく私の母校だ。
 歩道橋が横断歩道になっているので、死亡事故で有名なあの県道も安心だ。

 ゆっくりしゃべりながら歩いていると、後ろから1組の長身の男女が走ってきた。
 その後ろには「奴ら」らしきおじさんの影。また追われているらしい。
 珍しく車通りが多かったので、私たちは一生懸命よけなくてはいけなかった。そして車が1台通るたびに、おじさんは後ろの方に引き戻されていく。
 まぁ、170近い人間が横に並んで走ってたら、前は見えないかにゃあ。

 自分たちはひかれないように気をつけながら、4人でなんとか我が家のある道まで来る。
 私とえむしと男性は左、女性は右へ。おじさんは迷ったあげく左に曲がったけれど、私の家を通り越して行ってしまった。

 私を先頭にマンションの階段を上る。その途中で、男性がえむしに何か大きめの鍵を投げて渡しているのが見えた。
 ふたりとも、すごい真剣な表情をしている。
 鍵は鈍い金色をしていて、まるでおとぎ話に出てくるようなデザインだ。

 言葉も残さずに去っていく男性。えむしは鍵をポケットに収めてから、私のいる階上へ。そのまま母の仕事部屋へ入った。
 特に理由はないのだけれど、会えるのは最後のような気がしていた。重くて、苦くて、えすない空気が、白銀の部屋を満たしていた。
 いつもハネてるえむしのもみーを直してやった。後ろ髪もハネてた。
 女なら誰でも憧れるであろう線の細くて柔らかい髪が、綺麗な形にまとまった。そっと指を離した。

 ふいにえむしが思い詰めたように口を開く。

「もう……外に出ないよな?」

 どうしたらいいかわからなくて黙っていると、私の携帯が鳴った。某日の教訓を胸に、マナーモードである。
 生徒会誌の自由投稿説明会で、某Airの「鳥の詩」を高らかに鳴らしてしまった……あの忌々しい記憶(実話
 画面には「非通知」の文字が表示された。

「……出ちゃ駄目だ」

 いつもより優しい声が、余計に有無を言わさぬ響きを含んでいた。
 ただ、その日のGLAY PHONEはハイテクだった。発信場所から相手を判別しているようだ。
 そのうち、画面には「りょーちゃん」と表示される。生徒会の後輩だ。可愛くて恐くてプリティーで、でも借りたCD返してない。はい、ごめんなさい。
 壊しちゃったとは……言えない。

 胸を落ち着けて電話を取ると、なぜかろろっけの声が耳に響いた。

「逃げるの?」

 叱ると言うよりは突き放すように。
 でも本当は何が正しいか知っているように、諭すように。

「本番だって近いんだよ!?」

 にゃんて突然にゃ!?と思いつつもその台詞を聞くとさすがに胸が痛む。
 みんなで一生懸命練習してきた合唱サークルの本番まで、あと2日。
 生きることと歌うことを、当然のように楽しんできた仲間。大事な大事な人たちのいない場所へ、私はどこへ行くんだろう?

 何も言い返せなかった。


 とりあえずこの2日間、私はこの生活に耐えることになった。
 その後は親と一緒に隠れて暮らすことになると思う。

「いつでも来れるから」

 ふいになだめるような口調でえむしが言う。
 こんな寂しさが想いの証拠になるとは思わなかった。

 その夜、帰宅した母親に週末以降の外出禁止令を出され、私はもう危険な遊びができなくなった。だけど、ここで暮らすことに決めた。
 大好きな友達のたくさんいる、この場所で生きていくことに決めた。
 守ってくれる人が、私にはいるから。
 大事な人がいるから。

 ひとりの部屋で、携帯が震えるのを待つ、そんな日々。
ある日、まんぼう姫にこれを見せた第一声は
「私あんたに突き飛ばされんの!?」
そんな親友が何人かいます。
大好きです。
高2で携帯買って、本当にすぐ見た夢。