evening glow

カレンダーの日付は3月14日。
時計の針は深夜1時を回ったところだ。

「篤史、覚えてるかなぁ…」
明美は小さな溜め息をつきながら項垂れた。

篤史と明美は幼稚園の頃からの幼馴染み。
家がお隣さんということもあり、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。
毎年、篤史にチョコを渡しているのだが、1度も篤史からホワイトデーにお返しをもらったためしがない。
友達以上、恋人未満。
そんな何処にでもありふれたような関係だった。

バレンタインにチョコを渡し、素っ気無く受け取られ、ホワイトデーのお返しを期待して待つが結局もらえない…。
そんな状態に、明美はいい加減、嫌気がさしていた。


先月のバレンタイン…。
「今年、お返しくれなかったら絶交だからね!!」
明美の性格からして、そんなこと出来るはずもないのに、思わずそう叫んでしまった。


「…忘れてたらどうしよう」
子供のように膝を抱えながら丸まる明美。
視界がぼんやりと揺らいできた。

いつも篤史と一緒で、誰よりも篤史のことを知っている
誰よりも彼の近くに居る
「でも…」
彼は私の事を、どう思ってるんだろう…?
「…なんで、あんなのを好きになっちゃたのかな…」
何度も溜め息をつきながら、彼女の意識は闇に落ちていった。




翌朝。


「おはよう、篤史っ!!」
「…おう」
毎朝、一緒に登校するのは2人の日課。


忘れて…ないよね?
いつも通りの素っ気ない篤史の横顔を、明美はちらりと盗み見た。
欠伸をしながら、眠け眼を擦る篤史。

…ダメかもしれない
そんな彼の様子を見ながら明美は心の中で大きくため息をついた。



放課後…。

「ねぇ明美。…篤史くん、どこに居るか知らない?」
「…知らない」
クラスメイトの女子の問いかけに答える明美。
…ホワイトデーだから、か。
明美は心の中で呟いた。

ああ見えても、篤史は意外とモテる。
特に勉強がずば抜けて出来たり、ずば抜けて運動が出来るわけでもない
まぁ、顔も悪くないし、物静かではあるけど…あんなのの何処が良いのかなぁ…と思いながら、彼女の顔を見た。
(あんなの<篤史>に惚れてるおまえ<明美>が言うな、という突っ込みはナシで)



「そう…ありがとう」
残念そうな顔で、彼女は去っていった。
…もう、先に帰っちゃったのかなぁ。
彼は、今時めずらしい、携帯を持たない派なので、連絡が取りようもない。
- やっぱり、忘れてるんだな…。
少しだけ期待してた明美だが、諦めて大人しく1人で帰ることにした



○×公園は、明美の自宅近くにある位置している。
ここの滑り台は、ちょうど建物の隙間から夕日が見えるところに位置しているので、
は明美のお気に入りの場所だった。
…ここは篤史が教えてくれたんだよね。
そんなことを考えながら、明美は滑り台の上に座り、ぼんやり夕日を眺めていた。


「明美…?」
不意に声をかけられ、明美は後ろを振り返った。
「篤史…!!」
「お前、こんなとこで何してるんだよ」
「な、何って…夕日を眺めてたの」
「見りゃ分かるよ」


2人の間で沈黙が流れた。


- そっと、カバンから紙袋を取り出した篤史。

「…渡せなかったらどうしようって思ったよ」
ポツリと呟き、小さな袋を明美に手渡した。
「…これ何…?」
「何って…お返しだよ…」
「…えーっ!?」
一瞬固まって、半ば諦めモードだった明美は驚いた。
中を見てみると…手作りなのだろう、歪な形をしたクッキーが入ってた。

「…ひょっとしてでも熱ある?」
「ばっ、馬鹿!!」
照れ隠しに、憎まれ口を叩いてみる。
逆に、篤史の方が恥ずかしそうに答えた。
「…きょ、今日の調理実習で、無理やり作らされたんだよ。…その余りだよ。あ・ま・り。」
「ふーん…」

- そういうことにしておいてあげよう。
明美は、クスッと笑いながら、それを受け取った。


「…それに、お前に絶交されたら、おれが困るんだよ」
篤史は、思わず小さな声でポツリと呟いた。
しまった、と口を押さえる篤史。
「…何か言ったぁ?」
「何でもない」
ほっと、胸を撫で下ろし、いつもの調子で篤史は言った。

「ね、食べてもいい…?」
「…どうぞ」
明美は1つ取り、口の中に放りこんだ。

- 美味しい…
心の中で呟いた。

「…味、どう?」
「うーん…」
明美はワザと意地悪げに答えた。

「味は悪くないけど…こんなの食べてくれるの、私くらいしか居ないでしょう?仕方ないから、全部貰ってあげる♪」
そう答え、照れ隠しに家へと向かい始める明美。

そんな彼女の姿を見て、クスッと篤史は笑みを零しながら、明美の手を取った。
「!?」
明美は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔に戻った。
「…帰ろっか」
「うん!!」

ぶっきらぼうに言い放つ篤史に対して、明美は嬉しそうに答えた。




- そっと、優しく包み込むように、夕焼けが2人を照らしていた。
司城亜夢さんに頂いた作品です。
理想と現実の交じる場所、優しい世界観。
こんな暖かい冬の終わりもアリかな、と思ったりして。